あい流 源氏物語の世界

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 日本を代表する文学作品『源氏物語』。名前は誰でも知っていると思います。その魅力は、日本だけでなく、世界中に翻訳され、愛され続けています。今後も、解説・講義・映画等、さまざまな形で「源氏」の追究はなされ続けることでしょう。同じ日本人として生まれ、これからの日本に生きていく私たちにとって、世界中で読まれ、こんなにも多くの人の心を引きつけてやまない『源氏物語』の世界を、日本のプライドとして語ってみませんか?


源氏物語の楽しみ方

 「源氏物語って、おもしろそうだけど、言葉がムズかしくって、とっつきにくい!」
 源氏物語は、古典文学の中でも、敬語文脈判断を要する古語ばっかりで、高校で学ぶのも後まわしになりがち。でも、難関大学でよく出題されており、あらすじを知っておくと、内容把握もかなり楽になるんです。ここでは、古典3大要素の中でも、古典常識に焦点をあてて、源氏物語を楽しく理解してもらいたいと思います。

その時代の登場人物になりきること

 源氏物語は、平安中期紫式部の描いた女流文学作品です。
 だから、当時の常識、特に身分制度をふまえて読んでいかなければなりません。
 冒頭部分を例にとって、現代の感覚とそれぞれの古人の立場を比較しながら、
 登場人物に感情移入してみてください。

 いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひ給ひける中に、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれてときめき給ふありけり。


いつの天皇の御世でしたか、女御・更衣たちが多く帝のそばでお仕えなさった中に、それほど高貴な身分ではないが、抜きん出て帝のご寵愛を受けておられる方がいた。

▲たった一文で、今後の物語の広がり、やがて来る悲劇を想像させる始まりは絶妙!

 「すっごいシンデレラ・ガール!玉の輿じゃんっ!!」
 …なんて思ったら大間違いです!当時の常識を意識して、「桐壺」の巻のキーパーソンとなる桐壺の更衣の境遇を想像してみなければなりません。身分制度の厳しかった時代。「女御」とは、公卿の娘、それより低い身分の出身なら「更衣」やそれ以下となります。女御の中から「中宮(=帝の第1婦人)」が選ばれます。つまり、「いとやむごとなききはにはあらぬ」桐壺更衣は、「更衣」という低い身分である限り、
どんなに帝に愛されようと、中宮になる資格がないのです。

 「でも、そんなに愛されるなんて、めちゃ幸せそう〜!」
 …これも間違い!「女御・更衣あまたさぶらひける」ということは、帝にはたくさんのお妃がいるということです。彼女たちは、帝に愛されるためだけに生きています。でも、帝は桐壺更衣一人を見そめ、「すぐれてときめき給ふ」、つまり、彼女ばかりを愛して、他のお妃たちをないがしろにしているのです。すべての後宮の女性を敵にまわした、何の後ろだてもない桐壺更衣。
帝が彼女を愛すれば愛するほど、どんどん彼女の立場は悪くなっていきます。源氏物語の悲劇は、すべてこの帝の愛情の深さから始まっているのです!


はじめより、我はと思ひあがり給へる御方々、めざましきものにおとしめそねみ給ふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず


入内(=後宮へ上がること)当初から、「我こそは(帝の寵愛を受けるはずだ)」と自負しておられた(女御・更衣の)方々は、(桐壺更衣を)目に余る者だと軽蔑しねたみなさる。桐壺更衣と身分が同じ程度の更衣や、それより身分の低い更衣たちは、それにもまして心穏やかではない
▲「それより下臈の更衣たち」という一語で、冒頭のお方の身分を暗示しています!
  一言一言が、人物・状況等の判断材料なのですね。

「まぁ〜!なんてプライドの高い女性たちなの?!」
 …そういうわけではありません。帝に愛されるということは、ただ二人だけの問題ではないからです。例えば、もし男の子でも生まれたら、次の天皇!実家は皇族と血縁関係になるのです!摂関政治の当時において、女御・更衣たちは単なるお姫様ではなく、男たちの権力争いの大きな持ちゴマであったはずです。
 そんな中、実家を背負って帝の寵愛を受けようと意気込んで入内した女性たち。それだけが生きがいの人生。もしかしたら、明日は来てくれるかもしれない!米粒ほどの希望しかなくても、それにすがりつかなければ、生きている価値がない…そんな女性たちの人生って、いったい…。
 身分の高い女御たちは、「後ろだてもないような子に手を出したって、所詮はお遊び!フンだ!」などと、冷たい目でそしります。でも、桐壺更衣と同等またはそれ以下の更衣たちの目にはどう映ったでしょうか。身分が低いということが、言い訳にはならないのです。自分は、まさに
選ばれなかったのです!
 「めざまし」「やすからず」は、単なる「気にくわない」「心穏やかではない」というよりも、ずっと一途な、はらわたが煮えくりかえる憎しみだったに違いありません。


朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふつもりにやありけん、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせたまはず、世の例にもなりぬべき御もてなしなり。


朝晩のお側仕えにつけても、他のお妃たちの気持ちを不愉快ばかりにさせ、恨みを受けることが積もり積もったせいであろうか、桐壺更衣はとても病気がちになってゆき、心細げに実家に下がっていることが多いのを、ますます愛しい方とお思いになって、誰の批判にも遠慮なさることができず、後世の語り草ともなってしまいそうなご寵愛ぶりである。


▲楊貴妃と玄宗皇帝の悲恋が暗示される一文。死ぬほど人を愛せば、その人を死の淵へと追いやり、
  自分自身も破滅してしまうという伏線を感じずにはいられません。

 「こんなことばっかり考えて、ヒマでいいなぁ〜〜!」
 …そのとおり!! 後宮の生活は、めちゃくちゃヒマなんです。「ド」が何度も付くぐらい、本当に退屈なんですっ!!
 当時の女性は、身分が高いほど、何もしてはいけませんでした。ましてや、帝のお妃ともあろう方々ならなおさら!庭の散歩はもちろん、ご飯もよそってはならないし、トイレも女官任せなんですよ!ただただ、ちょこんとおとなしく座ってるだけ!それでも昼間は、本を読んだり、外を眺めたりして、気を紛らわせられるからいいでしょう。ですが、夜になると、今とは違い、真っ暗っ!灯火ひとつの部屋の中で、し〜んと静まりかえっています。その静けさの中、桐壺更衣が帝に呼ばれて清涼殿(=帝の寝所)へ出向く衣擦れの足音だけが、スリスリ、スリスリ…と聞こえる。「あの女っ!また今夜も…」誰もが息をこらして、その音を聞いてるんです。「今頃は、あの女が愛されている。私ではなく…」一晩中、そんなことを考えていなければならないんです。
怨念が、「生き霊」となってもおかしくはないですよね。


「最高権力者の帝なら、誰にも文句言わせないはず!」
 …いいえ!当時の結婚形態は、基本的には「
通い婚」。男が女の実家の権力を当てにして婿となる場合が一般的でした。男は妻の実家の権力をたてに、のし上がっていきます。逆に、身分の低い家の娘を正妻にするなんて、とんでもない!人格が疑われます。身分相応の扱い(愛人関係など)でつきあうことになります。…これが古典常識
 最高権力者の帝の場合であっても、同じことが言えます。権力を持つ右大臣・左大臣などの娘を妻に迎えれば、その後ろ盾で帝の勢力も増す。逆に、何の後ろだてもない娘を正妻(中宮)として迎え入れることは、考えられないのです。
 しかし、帝は、朝晩問わず、桐壺更衣をそばに置かれます。何の後ろだてもない、誰もかばってくれる人もない、今にも消え入りそうなほどか弱い、いとしい貴女。離れたくない!自分がかばってやらなくては!
 愛する人を守るために、すべてを敵にまわしてもかまわない
 …その一途な想いが、どんなに彼女を苦しめたでしょう。帝が彼女を愛すれば愛するほど、帝の勢力はどんどんおとしめられ、恨みや軽蔑の矛先は、すべて彼女に向いてしまうのです。
 帝が愛すれば愛するほど、桐壺更衣はどんどん不幸になっていくのです。
 そうとも気づかず、帝は彼女を盲目的に愛し過ぎてしまったのです。

 父も死に、何の後ろだてもない桐壺更衣に対して、後宮のすべての女たちは、はらわたが煮えくりかえるほどの憎しみ・恨みを募らせます。それを彼女はたった一人で耐えているのです。桐壺更衣は当然、身も心もしだいに衰弱していくのでした。。。


 そして、帝の最愛の桐壺更衣は、光源氏を産み落とし、やがて息絶えてしまいます。
 更衣の血を受け継ぐ、この世のものでないような、輝くばかりの「光る君」
 誰もがウットリ!「皇太子にもふさわしい」と噂が立つほどの素晴らしい御子です!
 でも、弘徽殿女御(こきでんのにょうご)には、第1皇子(のちの朱雀帝)がすでにいます。
 最愛の女性の遺した光源氏。権力闘争のドロ沼に巻き込みたくないという思いから、
 帝はあえて、光源氏を臣下に下すことを決意するのです。

 なぜこういう行動を取ったのか、なぜこんな気持ちになったのか、私たちは、現在の
 立場ではなく、当時の視点に立ち、登場人物になりきって読まなければなりません。



あらすじで感情移入を!

 源氏物語には多くの登場人物が出てきます。しかも、古典特有の、人物名を省略された形で、です。「あの時のあのお方への想い」がずっと頭にこびりついた状態で、源氏はあらゆる女性にその面影を求めていきます。源氏の生い立ち葛藤を考慮に入れず、ただ単語・文法だけを頼りに訳出を試みようとしても、とうてい太刀打ちができません。

 54帖もの長編大作『源氏物語』。始めから読み進められれば、めくりめく源氏の世界に入ってもいけるでしょう。でも、原文ですべてを読破しようとしても、省略された主語や敬語を考えながら…では、遅々としてなかなか進まないことでしょう。もちろん、好きで「ゆっくりと読んでみよう!」とする人なら、それに越したことありませんが…。

 日本人として、源氏物語のすばらしさを知ろうというあなたなら、まず、あらすじから源氏の世界に触れてみてはいかがでしょうか。単語や文法は後からついてくる!まずは「読みたい!!」という思いを大切にしてください。

〜なりきり「源氏」【あらすじ】〜

 いつの御世だか、女御更衣が大勢はべる中、それほど高貴ではない一人のお方(桐壺更衣)が、帝の寵愛を一身に受け、玉のような男の子を生みました。すでに第1皇子のいる弘徽殿女御の嫉妬といったら…。すべての妃たちからのイジメはすさまじく、桐壺更衣はしだいに身も心も病んでいき、光源氏3歳の時に亡くなったのです。

 幼い子を残して逝かなければならなかった桐壺更衣は、どれほど悲しかったことでしょう。最愛の女性を失った父帝の悲しみは、どんなに大きかったことでしょう。そして、更衣同様、何の後ろだてもない光源氏を、どうやったら守ってやれるのでしょう?父帝は、光源氏が皇位継承争いに巻き込まれ、嫉妬や憎悪の的になるのを恐れ、あえて臣下に下します。父の真意が分からない光源氏は、どんな思いで「源氏」の姓を受けたのでしょう。

 最愛の人の死後、悲嘆にくれる帝は、亡き更衣に生き写しの藤壺女御を入内させます。父帝とともに、幾度も藤壺の部屋を訪れる源氏。藤壺を通して見た母の面影に、心を慰められます。やがてそれが、恋愛感情に発展したのも、当然のことと言えるでしょう。

 12歳で元服した光源氏は、左大臣の娘、葵の上と結婚します。愛情に飢えた光源氏には、ツンととりすました葵の上に心を寄せられず、藤壺への思慕の炎が燃えさかります。そしてとうとう、藤壺が里帰りの折、源氏は強引に思いを遂げてしまう。人生最大のタブーを犯してしまったのです!

 藤壺は身ごもりました。ただの不義密通ではありません。父帝の妃である藤壺女御なのです。この罪は、当時の時代では、死んでも償いきれないほどの罪!誰にも知られてはいけない!藤壺はどれほど罪の意識に苛まれたことでしょう。

 藤壺への情念は募る。どうにもならないことも分かっている。取り返しのつかない罪も…。その葛藤を紛らせるように、源氏はさらに多くの女性と恋に落ちます。夕顔六条御寝所空蝉、…花散里末摘花まで、あらゆるタイプの女性と契り、一途な恋に燃え上がるのでした。特に、六条御寝所の情念は、生き霊となって夕顔や葵の上を取り殺すほど!

 愛する女性を失い、悲嘆にくれる源氏。それでも、藤壺の姪にあたる若紫にめぐりあったことで、安らぎを覚えます。心の渇きを潤すように、彼女を理想の女性へと作り上げてゆき、正妻紫の上とするのです。

 一方、藤壺は、罪の意識から出家してしまいます。源氏はそのやるせなさを埋めるように、スリルある恋にも走ります。朧月夜(右大臣の娘で、兄朱雀帝の婚約者)との情事が発覚したことで、源氏の人生は一転!彼を追放しようとする陰謀がうずめく中、源氏自ら須磨に流れて引退します。失意の日々を送る中でも、源氏は入道の娘である明石の君と契り、女の子(のちの明石の中宮)が生まれました。夫の留守を守る紫の上は、それをどんな思いで聞いたことでしょう。

 時が移り、源氏は都に呼び戻されます。朱雀院が退位し、冷泉帝(藤壺との罪の子)が即位してからというもの、光源氏はたちまち内大臣に返り咲く。以前の甘さは消え、権力の中枢に君臨した源氏。冷泉帝が自らの出生の秘密を知ってからというもの、その重用は度を超します。光源氏は、「准太上天皇」という位を授けられ、栄華の限りをつくすのです。

 私生活においても、六条御寝所から譲り受けた旧邸を、「六条院」と称し、紫の上をはじめとしたゆかりの女性たちを迎え入れ、光輝く「仏の御国」のごとき理想邸を実現しました。
 しかし、源氏40歳の時、朱雀帝の娘、女三宮の婿選びに源氏が推挙されたことから六条院の崩壊が始まります。源氏は一度は辞退するが、女三宮の将来を案じて結局は受け入れ、身分の高い女三宮が、紫の上にかわって正妻の座につきます。源氏しか頼るもののいない紫の上の心中は、いかばかりであったでしょう。当然、病気にもなってしまったのです。

 一方、女三宮は、柏木(友人頭中将の子)と不義密通し、を身ごもります。これを知った源氏はどんなに激怒したことでしょう!プライドを傷つけられたのですから。夕霧(葵の上との子)も紫の上を慕っていたが、源氏を恐れて手は出さなかったというのに!ですが、実は自分も同じ不義密通の過去を持つ者。その因果応報に恐れおののきます。やがて自責の念にかられた女三宮は、幼い薫を残して出家、柏木も源氏の激怒を深刻に受け止め、重病に伏し、そのまま亡くなってしまうのでした。

 紫の上は、源氏に翻弄される人生に苦悩し、出家を願うが、源氏は許しません。大病の後も病がちで、心身共に疲れ果てた状態の中、法華経の供養で明石の中宮に自分の死後のことを託し、紫の上は消え入るように息絶えてしまいます。悲しみのあまリ茫然とする源氏はすでに51歳。六条院に一人取り残され、傷心を深めます。深く愛した女性を次々と失ってゆく光源氏。その空しさは、どんなに大きかったことでしょう。源氏が最終的に下した結末は、出家?それとも死?…いずれにせよ、人生の栄華から一転、堕ちてゆくことが暗示され、光源氏の物語は終焉に向かうのです。

  

 時は流れ、光源氏の子や孫の栄華の時代になります。光源氏亡きあとの最後の10巻を「宇治10帖」と呼んでいます。ここからの主人公は光源氏の子、薫(実は女三宮と柏木の不義密通の子)。また、明石中宮の子である匂宮(源氏の孫)は、源氏を匂わせる美貌と色好み。二人は「匂や薫や」ともてはやされ、「宇治10帖」の重要人物となります。

 薫は、自分の出生の秘密を知り、人生に暗い影を落とします。光源氏と同様、空しさを心に秘め、物語は進んでいくのです。仏門に惹かれ、宇治に度々訪れる薫は、宇治で仏道修行に励む八の宮と親交を深めます。誠実な薫を八の宮は信頼し、大君、中君を薫に託します。薫は、大君に心を寄せるが、大君は薫の愛を拒み続けて、やがて亡くなってしまいます。

 中君を匂宮に託した薫。遂げられない想いはさらに空しさを募らせます。そんなある日、薫は大君・中君の異母妹である浮舟に出逢い、二人は宇治で結ばれます。しかし、浮舟を垣間見た匂宮は、彼女に情念を募らせ、多情な匂宮は、薫を装って浮舟のもとに忍び込み、二人は契ってしまいます。

 こうして、「宇治10帖」でも、男と女の情熱と空虚は、絡み合って物語は深みに堕ちてゆくのです。

          ※あらすじの流れを重視し、順番を変えた箇所もあるのをご了承ください。

 「源氏物語」では、複雑な想いが絡みあって、物語の深みを増していきます。ただ単に、「誰がどうした」というあらすじを流し読んでいくのではなく、登場人物の立場や状況をふまえた【なりきり】な読みがおすすめ!「あんなことがあって、どんな思いだったんだろう」ということを常に念頭に置いて、あらすじを見ていってくださいね。

            ☆もっと詳しいあらすじはこちら→源氏物語全54帖のあらすじ


作者の視点で読む!

 古典文学作品を読む時、特に注意しなければならないのは、省略が多いことです。
 なぜなら、古典文学は、作者の視点がすべてだからです。現在の客観的な小説に
 慣れている私たちには、この省略の多さには、なかなか手こずってしまいます。
 
 この省略を補うポイントとしては、作者になりきって読むということ。
 誰を意識して描かれたのか、どんな状況で描かれたのか、何を言いたかったのか。
 作者をよく知った上で、描いた張本人とタイアップして読むことをおすすめします。


 源氏物語の作者は紫式部

 27歳で藤原宣孝(のぶたか)という20才も年上の人と結婚、28歳で娘・賢子を産みますが、わずか3年で夫と死別します。夫の死後、時の右大臣、藤原道長の娘である彰子(しょうし)のもとに、女房(=高位の女官)として宮仕えします。彰子は、一条天皇中宮(=第1婦人)。そして、対するは、左大臣藤原道隆の娘、中宮定子(ていし)。彼女には、清少納言というすばらしく素養のある女房がついています。右大臣・左大臣の権力争いのゆくえは、二人の中宮にかかっていたといっても過言ではありません。

 いかに、天皇をわが娘のもとに来させるか、でもまだあどけなさの残る彰子を、帝は深い愛情を向けてくれなかったことでしょう。一方、気の利いた受け答えのできる定子のもとには頻繁に通って行かれます。『枕草子』の執筆を手がける才女、清少納言のおかげで、中宮定子もさらに才知を深め、機知に富んだ定子サロンは、退屈な後宮にはかなり魅力的なものであったに違いありません。

 そこで、中宮彰子のもとには、当時の才女であった紫式部が送り込まれます。彼女は、清少納言のように、才能をひけらかしたり、巧みな受け答えのできるタイプではありません。紫式部の才能を活かして、いかに彰子に教養をつけるか、いかに帝を呼び寄せるか!…ここに『源氏物語』の執筆を始めたきっかけがあるように思います。


 紫式部は当時の女性としては珍しく漢学の素養がありました。『源氏物語』の中でそれらをちりばめていくことで、彰子の教養を高める一助にもなったでしょう。また、女性たちの嫉妬や情念が身を滅ぼすことにも繋がると知ることで、あどけない彰子に魅力的な価値観をつけさせようとしたのかもしれません。

 後宮の中でも、最も禁忌なものを描くことは、退屈な人々の興味を引きつけたのはいうまでもありません。「次はどうなるの?次はどんな女性が出てくるの?」…様々なタイプの女性が登場することで、後宮の妃たちはいろんな女性に感情移入してゆきます。女房たちも、憧れを抱いて源氏の世界に浸ります。さらに、源氏をはじめ、頭中将、夕霧、薫などの魅力的な男性の存在が、一条天皇をはじめとした男性たちの心も占めていくのでした。

 だから、「源氏物語」は、より登場人物に感情移入できる筆致で描かれていたんだと思います。古文に特徴的なのですが、あえて客観的には描きません。いったん主語を示したら、あとはその人物の視点で読み進めていく。また、基本的に人物名も明記しないのが、当時のたしなみ。ぼかしてぼかして、でもなんとなく雰囲気で誰のことかわかるように描いているのです。

 身分の低い女房の描いた文章。当時を見てきたという女房の視点で語っています。だから、敬語が頻繁に出てくるのですが、その敬語ですら人物を判断する材料に利用されています。そして、その敬語が示す身分相応の扱いを、彰子たちは知ることになるのです。

 もちろん、『源氏物語』が描かれたのが、宮中生活の最中なのか後なのか、議論が分かれる所であり、これは勝手な深読みにすぎません。でも、このように描かれた状況を自分なりに想像して読むことが、さらに味わい深い解釈にもつながってゆくと思います。


 「ラスト・サムライ」という映画は、日本人の「武士道」の精神を世界に知らしめてくれました。韓国ドラマ「チャングムの誓い」では、私たちは韓国王朝時代の宮廷生活に、憧れと尊敬の念を抱いたことと思います。身分制度を是認するわけではありません。ただ、戦後の民主政治で得たものもあれば、失ったものもある、ということを、私たちは知っておかなければならないと思います。古の人が儒教に学んだ「」の心。天皇を中心にした上下関係の魅力は、家庭内にも響き、人間形成をはかってきたのだということ、今、親殺しや自殺、いじめ、引きこもり…数々の問題が横行している世の中、『源氏物語』の世界を通じて、私たちの失った心を見直す一つのきっかけになればと思います。

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